(表示名なし)2011年3月アーカイブ

受難の巻 2/2

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3月11日、日本は前代未聞の天災に遭ってしまった。当日、何を見るとも無く見る時、テレビの生中継に茨城の大洗港が津波にのみ込まれた映像は目に映ったが、私にとってその所は色々な思い出があるので、よしあしは関係が無く、その町は被害のことは嘆かわしくてたまらない。

(前回より続く) フェリーに乗れなかった私は大洗港フェリーターミナルに泊まることにした。当夜、ターミナルのソファーに横になって寝てる私は真夜中警備員に呼び起こされた。

警備員:「おい、何かするの?ここに泊まるのはダメだよ!」

そう言われると、私はもちろん夕方便に乗れなかった経緯をちゃんと説明したが、「ここに泊まれない、どこに泊まれるか交番に行って聞いてください!」と素気なく言われたその結果、私は警備員にフェリーターミナルから追い出されてしまった。

Bad_luck_212_2_22am午前2時、大洗港交番に着いた、でも、誰もいなかった。私は警備員に騙されたと思いながら、それからどうしようか困ってた。そして、交番の外にひざを抱えて腰を下ろして寝てみたけど、寝られなかった、めちゃ寒かったから。

午前4時頃、新聞の配送員は交番に来た。多分私の見苦しい姿に驚かれてしまっちゃったが、配送員に「大丈夫ですか?」と聞かれた。それから30分後、警察官二人は交番へ来た。

良かった!私を助けるかと思いきや警察官の一人は疑惑の声で「どうかしたんですか?」と私に問いかけた。その二人はまるで私を逮捕するためであるかのように出て来た。私は精一杯説明してパスポートも見せたあげく、私を助けることじゃなくて、他人が驚かれないように、私を目立ちにくい公民館に連れて行った。

午前5時、交番より公民館が少し暖かかったけど、暗かったので、幽霊が出そうな雰囲気を感じていたが、心霊映像を撮る恐れがあるため、何も撮らなかった。心細く立ちっぱなしの私はやっと我慢できないで、フェリーターミナルに戻った。

Bad_luck_212_6_07am_blogフェリーターミナルに戻ると、もう6時になった。寒さと幽霊のせいで、体温が十分下がっていた私は外で立ったまま、日の出を待ってた。

午前7時半、フェリーターミナルのドアがやっと開いた。私を追い出した警備員は私の姿で驚かれそうだ。「どこに行ったの?」と私に問い掛けたけど、ばてた私はもう答えたくなかった。それで、私は今回の災難を無事で乗り越えた。(終)

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3月11日、日本遭遇到前所未有既天災。当日、百無聊頼看著電視的Live、看到茨城大洗港被津波吞沒既畫面、對於我, 大洗港有好多回憶、不論好惡、呢個小村被害的事亦今我感嘆不已。

(承接前回) 上不了ferry既我決定住係ferry terminal。当夜、係ferry terminal既sofa上睡著既我半夜被警備員吵醒了。

警備員:「喂, 你做乜野, 呢道唔比過夜!」

咁樣比人話, 我當然將我上不了黃昏便的前因後果一五一十說明、「呢道唔比過夜、邊道可以過夜, 你去警局問!」這樣被人話了、結果、我被警備員踼出ferry terminal。

午前2時、我行到大洗港警局、但係、一個人都冇。正想著我被警備員騙了、又困於如何是好。之後、我便係警局門外試著入睡, 由於太過凍、睡不著。

午前4時、派報員來到警局。可能被我嚇了嚇、派報員便問我「有冇事呀?」。之後30分鐘、有2個警察來到警局。

好嘢!我還以為係來幫我之際, 其中一人便用懷疑既口氣問「有乜嘢事?」。這兩個人尢如來逮捕我一樣。我全力解釋又出示passport之後、佢地並冇幫我、只係為了不使其他人驚嚇, 把我帶到並不起眼既公民館。

午前5時、比起警局, 公民館較為暖一點、因為太黑、感到好似會有鬼、為怕會拍到恐怖照片、我並沒有拍什麼。最後捱不了、便回去ferry terminal。

回到ferry terminal、已到6時。因為凍及幽霊的影響、体温下降了好多既我站著等待日出。

午前7時半、ferry terminal終於開了。將我踼出來既警備員見了我的樣子, 好似被嚇到。便問我「你去了那裡呀?」、疲憊不堪的我已無心回答。就這樣, 我便捱今次的災難。(終)

0042_2 帰省のため、茨城の大洗フェリーターミナルに到着した私は搭乗する予定のフェリーを思いがけず見つけなかった。

「まずい!」と思い始めてバスを飛び出す私は、さっさと乗船の登録窓口に行って、でも、誰もいなかった。「へえ~夕方便は六時半に出発するでしょう、何で~」と疑ってる瞬間、運休のお知らせを発見~

『2月11日:船舶定期点検の為、夕方便が運休となりました。』

「納得できね~ぇ!わしは乗船券を買ったのに」と思い、負けたくないが故に、深夜便の登録開始まで待つことを決めた。

Bad_luck_211_19_27_blog ← 19時27分:  暇すぎで、私はフェリーターミナルのラウンジで休憩しながら、パソコンで写真集を鑑賞しているところだった。

そして、21時過ぎ、私は窓口の係員と交渉に行って、繰り返して交渉したけど、深夜便に乗ることが断られたし、翌日の夕方便に変更できたけど、当夜何処も泊まれなかった、大洗はめちゃ小さい町だから。当日、暴風雪だったので、私はここで(フェリーターミナル)泊まろうと単純に決めた。その決定は受難の序幕だった。

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為了回家、到達茨城大洗輪船渡頭的我,看不到我準備搭乘的輪船。

剛開始想著「Shit!」就從巴士飛奔出去、快速地走到乗船登録窓口、但係、一個人都冇。「What~黃昏班次唔係六時半出発咩、點解~」疑惑之間、發現了停航的告示~

『2月11日:因為船隻要定期検查、黃昏班次停航。』

「冇可能!本大爺買到船票呀!」、決定等到深夜班次開始登録時問個究竟。

19時27分:  因太過無聊、係Ferry Terminal個Lounge處一路休息、一路用手提電腦鑑賞写真集。

之後, 到了21時、我走去同窓口個職員交渉、幾番交渉下、被拒絕乗搭深夜便、但係可幫我更改, 搭乘明日的黃昏班次、但當晚已經無處容身, 因為大洗係一個好小的鄉鎮。当日、正因為有暴風雪、好單純地決定係Ferry Terminal過夜。而呢個決定, 正係我要受難的序幕。

都市伝説

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私の心臓がちょっと弱いけど、怖いものと気持ち悪いものが大好きなので、いつも日本の都市伝説に熱中してる。そうすると、私は時々色々な都市伝説と現実を連想して新しい物語を心に作ったことがある。初めて書いたのは学校の宿題だったけど、自信作なので、ここで発表する。

「明日の犠牲者 NNN臨時放送」
Nnn
1987年11月28日、午前3時過ぎ、卒業論文を完成したばかりの賢治は無意識に部屋のテレビをつけ、ソファーに座った。放送終了だったので、テレビはひたすら流れ続けるNNNテレビのカラーバーだった。賢治がテレビを消そうと思ったその瞬間、不思議な映像が目に映った。

突然そのカラーバーの画面が消えた、直後空港みたい映像が画面に映り、知らない人の名前がスタッフロールのようにせり上がって来た。変だと思っていた賢治はまだ眠くなかったので、ビールを飲みながら、そのまま見続けた。100人くらい名前を映し終わり、最後に『明日の犠牲者はこの方々です、おやすみなさい。』と映した。賢治はおかしいなあと言っても少し気にかかっていたか眠りに行った。

翌日、大韓航空機爆破事件が起きた。死者は115人でした。賢治はNNNニュースでこの事件を詳しく見ながら、先日の早朝残った変な映像を徐々に思い出した。「へえ~何で事件直前のアブダビ空港は先日の変な放送で見た空港に似てるなあ、100人くらいが死んだが、もしかして…」と思いながら、鳥肌が立って体が震えていた。

この事件が起きてから8年を経た。賢治は東京都の丸の内にある大手会社に勤めていた。8年前の不思議な出会い以来、時々その変な放送を見たけど、気に掛けないで事後の確認をしなかった。3月19日、山積りの残業して疲れた賢治は早朝3時過ぎ家に帰り、テレビをつけっぱなしで寝てしまった。その時、地下鉄みたいな映像が画面に映り、品川賢治の名前も映された~

翌日、賢治は通勤する途中で地下鉄サリン事件で死んだ。
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我的心臟好弱雞, 但係我又好喜歡恐怖及核突既東西, 所以我一直都好迷日本的都市傳說。正因如此, 我有時會將都市傳說同現實一起聯想一番, 在心中創作一個新既故事。第一次將故事寫下來雖然係寫係學校的作業上, 但因為係我的自信作, 僅在此發表。

「明日的犠牲者 NNN臨時放送」

1987年11月28日、剛過零晨3時、剛完成畢業論文既賢治, 無意識地開啟房間內的電視、座上沙發上。電視節目播放完了、電視上只放映NNN電視台的Color Bar。賢治正想著關掉電視的時候、不可思議既映像正投射出來。

突然間Color Bar的画面消失了、跟著就放映著好像機場的画面、不熟悉的名字尢如Staff Roll一樣從画面由下至上地流著。賢治感到好奇怪, 但係又未有睡意、便一路飲啤酒, 一路看著。放映完差不多100個人名、最後映著『以上係明日既犠牲者, 晚安。』。賢治覺得好怪, 有少少在意下便去睡了。

第二日、大韓航空空難發生了。死者共有115人。賢治透過NNN新聞詳細地看著事件、 緩緩地想起昨日殘留著的怪映像。「!!!~點解事件發生前的Abu Dhabi機場咁似昨日電視放送的怪映像、又有100個人死左、唔通…」一路回想著, 一路起鷄皮、身体發抖。

事件發生後過了8年。賢治係東京都丸内一間大公司工作。8年前既不可思議遭遇以来、常常會看到那奇怪的東西、但因為冇心裝載、事後亦沒有去確認。3月19日、完成堆積如山的加班工作, 疲憊不堪, 零晨3時才回家的賢治、讓電視開著便睡覺了。當時, 電視映著好似地下鉄的映像、品川賢治的名字亦被映出來~

第二日, 賢治番工途中、因地下鉄沙林毒氣事件死亡。

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